彼にキスをして思う。
彼は私のことを知っているのかしらと。
私のことをただの年上の綺麗な人と思ってないかしらと。
なんで彼に手を出してしまったんだろうってたまに後悔する。
昔から冷静なのにどこか日常を飛び出したくて仕方なかった。
行動的、バイタリティがある、そう言われればそれまでだが、失敗だってしてきた。
17歳のとき、はじめて行ったインディーズのロックバンドのライブで骨抜きになってしまったことを思い出す。あのとき、強烈に年上の男の人が眩しかった。
ライブが始まった途端、舞台に釘付けになった。
観に行ったのは売れないロックバンドだったけど、なんだかスポットライトを浴びて叫ぶ彼がものすごくかっこよくて、この人は自分が生きている世界と違う世界に連れて行ってくれる神様だと一瞬にして思い込んでしまった。精一杯の甘えと色仕掛けで関係者に媚びて控え室に潜り込み、握手を交わした。
ドキドキしながらも、嬉しくてしょうがなく、
「名前なんて言うの?」
と言うヴォーカルに
「京子です。サインは京子へって書いてください。」
と緊張でにらみながら、CDを差し出した。
「そう睨むなよ。落ち着いて。」
と、彼は自分が美男子だがそれがどうかしたかというような笑い方をしてガムをくれた。
家に帰る途中、くれたガムの包み紙に彼の携帯番号とホテルの部屋番号が書いてあったときは寒気がした。友達を置いて、タクシーで直行し、いけない夜を過ごした。
ベッドに入る前、20歳だと嘘をついた。恋人になれるなんて思っていなかったけど、一瞬で惚れた彼に抱いてもらうためなら何だってしてしまうような、そんな女の子だったのだ。
ヴォーカルには奥さんと子供がいたけれども、たまに連絡をくれて、二人で会った。彼女になれるなんて思ってなかったし、彼も彼女にしようなんて思ってなかっただろう。
10歳年上のヴォーカルが30歳になったとき、私は本当に20歳になり、その瞬間なんだか全てが色褪せた。飽きてしまった。彼は神様からいつの間にか売れない古ぼけたミュージシャンに見えてきたし、いつまでも夢を追いかけている彼を空しくも感じ始めた。遊び相手にしたって私は20歳の大学生で、言い寄ってくるお金持ちで頭のいい男の子が沢山いた。
私が過ごしてきた恋愛は様々だけれども、今この子を抱き締めている場合じゃないことをよくわかっている。でも止められない。
”いっちゃだめ。”と言う自分が背中を押すのは何故だろう。してはいけない恋ばかりしてきたし、やっと掴んだと思った普通の恋人は私を結婚相手としては評価してくれなかった。
昔は長い巻き髪をしていたのに、失恋するたびに髪を切りいつのまにかボブになってしまった。今年、25歳。
唇を離したマコト君が耳元で小さく、
「先生、俺、先生のことが好きです。」
と言った。
だからってどうすることも出来ないのだけれど、なんだか泣きそうになってしまい、額を彼の右肩に当てた。包み込んだ手は大きくて、15歳だとは思わせなかった。
”やめなければいけない”そうもう一人の自分は叫んでいるのに、どうしようもなく、その手を必要としている自分がいることも確かだった。

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